特集
2020.05.13 荻野由香

ライチョウを見守り続けるやさしい眼差し|廣瀬和弘さん

ライチョウを見守り続けるやさしい眼差し|廣瀬和弘さん
南アルプスの北部に位置し、日本で富士山に次いで標高の高い「北岳」。多くの登山家を魅了しているこの山では、ほかではほとんど見られない動物や、ここにしか生息していない植物などに出逢うことができます。そんな貴重な生きもののひとつが、国の天然記念物で絶滅危惧種にも指定されているライチョウです。
南アルプスは世界で最南端のライチョウの生息地として知られています。北岳では40~50年ほど前まで多くの姿が見られたそうですが、地球温暖化の影響などでその数はどんどん減少しています。
北岳の麓に広がる山梨県南アルプス市の職員の廣瀬和弘さんは、北岳のライチョウを守っていこうと長年、保護活動に取り組んできています。名前は聞いたことはあっても、その生態や歴史についてはなかなか知らないライチョウについて、いろいろ伺ってきました。


北岳の夜明け
 

温暖化の影響で個体数が減少、保護増殖事業がスタート 

幼いころから生きもの好きで、就職してからはプライベートでイヌワシやフクロウなどの野鳥の調査や研究に取り組んできたという廣瀬さん。2003年にライチョウ研究に取り組んでいた信州大の教授から声を掛けられ、一緒にライチョウの調査に取り組み始めました。
それまで北岳のライチョウが調査されたことはほとんどなかったそうで、廣瀬さんはスタートから約10年間、市役所のみどり自然課の担当として自然保護活動などに取り組みながら、週末には隔週で北岳に登り、ライチョウの観察、調査に取り組むという忙しい日々を過ごしてきました。
 
ライチョウの調査に入った当初は数がとても少なくなっていて、北岳で見られたのは10つがいほどだったといいます。その理由の一つが捕食者の増加でした。
「ライチョウが暮らす3000mの高地には以前は捕食者がいなかったんですが、温暖化の影響でかつては生息していなかったテンやキツネ、チョウゲンボウなどが来るようになってしまったんです」
 
そんな状況を受けて環境省が取り組んだのが、ライチョウの親とヒナを一定期間保護して個体数を増やしていく生息域内飼育などを行う保護増殖事業です。ライチョウのメスが卵を抱く5月中旬~6月までに研究員たちが巣を見つけだし、ヒナが生まれるまで毎日観察します。ヒナが産まれたら、親と一緒に北岳山荘の近くに用意した大きなオリへと誘導します。夜間はオリの中で過ごし、昼間になると放鳥して親子は自由に過ごしますが、その間は研究員5~6人が距離を取りながら周りを囲み、ひと時も目を離さずに見守ります。それをヒナがある程度大きくなるまで約2ヶ月にわたり毎日行うそうです。


二羽のライチョウ
 

歴史が裏付ける日本のライチョウならではの珍しい生態

「誘導する時も見守る時も、研究員がライチョウに触れることは一切ありません。人間の手で追い込むと、それがストレスになって死んでしまうこともあるんです」
それだけ繊細なライチョウですが、一方で人間を恐れることがまったくないそうで、廣瀬さんはそれが大きな魅力だといいます。
「南アルプスのライチョウも北アルプスのライチョウも人を怖がることがなくて、僕たちが近くにいてもかまわずに自分たちの暮らしをしています。足元まで近づいてくることもたびたびあります。野鳥でそこまで近づいてくるのは、世界中探してもほかにいないと思いますね。外国の研究者が訪れた時も、まったく逃げないことに驚いていました」
 
どうしてそんなに人を恐れないのでしょう?「それは日本にいるライチョウならではの珍しい歴史によるんです」と廣瀬さん。
ライチョウは2万年ほど前の氷河期から生き延びてきている鳥で、もともと北極圏に生息しています。寒帯地域では普通に見られる鳥で、狩猟鳥にもなっているので、人間を見るとあたり前に逃げるそうです。
でも日本のライチョウは氷河期が去った後に本州の高山帯に取り残された日本だけにいる種で、ずっと2000~3000mの標高の高いところで暮らし、日本では明治期以前の登山は信仰を目的に行われていたこともあり、人間と出くわすことや狙われることもなかったそうです。
「そういう独自の歴史があって、日本のライチョウは遺伝子的に人間=怖い存在だとは学習していません。だから今も恐れることがまったくないんです。日本のライチョウは歴史が生態につながっている珍しい生きものなんです」
そんな歴史的背景があったなんて驚きです。


早春のライチョウ
 

あたたかい想いがあふれる野鳥たちの写真 

何回も南アルプスや北アルプスに登ってライチョウを探し、その姿を見るたびに、どんどん魅かれていったという廣瀬さんは、ライチョウのさまざまな表情を写真でも多く捉えています。学生時代からカメラを始め、さまざまな野鳥や植物、山の景色などを撮影してきていて、これまでに撮った写真は数万枚にものぼるそう。「その中でも一番多いのはやっぱりライチョウですね」とほほ笑みます。
今回の記事中のライチョウをはじめとする鳥や景色の写真は、すべて廣瀬さんが撮ったものです。真っ白な羽毛をまとって雪山に佇んでいるライチョウや、かわいい表情でこちらを見ているコサメビタキなど、どの写真も廣瀬さんの鳥や自然へのあたたかい想いがあふれています。

 
コサメビタキ

北岳のライチョウは保護活動の成果もあり個体数は増えてきているものの、往時の数にはまだまだ戻っていないそうで、「これからも保護活動を続けていくことが大事です」と廣瀬さんは力を込めます。
今年から担当部署が変わり、プライベートでも北岳に登る回数は以前ほど多くないそうですが、個人的に今後もライチョウの調査や保護活動には取り組んでいきたいとのこと。「ライチョウに魅せられてしまいましたから、これからも見守り続けていきたいと思います」。その言葉にはライチョウへの、そして自然への深い愛情が詰まっていました。

 
 
<取材協力・写真撮影者>
南アルプス市 市民活動センター長 廣瀬和弘さん
 
 
 

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